もう君を探さない/新野剛志/講談社文庫 ― 2005/07/04

以前「八月のマルクス」を読んだのですが、今ひとつピンと来ませんでした。ストーリーは良くできてるなと感心したのですが…。今回は家出した女子生徒を過去に傷を持つ担任教師が捜す、そしてその傷に絡んでいたヤクザも彼女を捜し始めるといったもの。盛り込まれた要素が私にとっては多すぎて、途中で読み通そうとする気力が萎えてきたことを白状しておきましょう。コピーにサスペンス、ハードボイルドという言葉が並んでいますが、どこにそれらがあったのか、もう一度探しましょうか。
張込み/松本清張/新潮文庫 ― 2005/07/07

私の大好きな作家氏が唯一誉めていた「原作を持つ日本映画」は、この表題作である「張込み」です(作家氏は映画の仕事もしているし、言及しているのは映画の方であります、為念)。ある指名手配犯の立ち回り先として浮かんだのが、今は判を押したような平凡な家庭を持つ主婦である元恋人の家。その家を辛抱強く張り込む刑事はある日、その主婦がいつもと違う時間に、いつもと違う様子で出掛けていくのを尾行します。果たして、主婦が投宿した先には指名手配犯が現れます。その時刑事が取った行動は・・・。 表題作の他に有名な「鬼畜」が収録されています。この作品を映画化したものは見ているのですが、これほどの短編とは思いませんでした。
安楽病棟/帚木蓬生/新潮文庫 ― 2005/07/11

元TBS社員で、現在は精神科医の著者が描く痴呆病棟の現状。前半は、患者が入院する動機やきっかけをそれぞれの一人称で語り、後半はある看護婦が入院患者や病棟の日常を、こちらも一人称で語ります。患者達の過去から家族関係、病棟での毎日の事件、そして死。痴呆病棟の置かれた現状を内側から私たちに見せてくれます。しかし、それだけではなく、相次ぐ患者の死に異変を感じた語り手の看護婦が医師に対して静かな告発をする最終章は、クライマックスであり、なおかつきっちりとしたミステリーになっています。「ターミナルケア」や「終末期医療」などに関心のある人は読んでおいた方がいいです。
震度0/横山秀夫/朝日新聞社 ― 2005/07/16

阪神大震災の起こった日、震源から遠く離れた地の某県警本部からベテランで人望のある課長が失踪します。課長は何故、そしてどこへ消えたのか。県警本部内のキャリア、ノンキャリアが、課長失踪をお互いの駆け引き、恫喝、懐柔の材料にしていきます。大震災の悲劇が明らかになっていく模様を通奏低音にしたほぼ48時間の物語は、最後まで県警本部と隣接する官舎内で展開します。これは、ある意味、密室劇と言っていいでしょう。密室だからこその衝突、そして失踪であったのです。さて課長失踪の真相は? そして、何故著者は阪神大震災の日を選んだのか。是非、読んでください。
邂逅の森/熊谷達也/文芸春秋 ― 2005/07/21

東北の寒村に住んだマタギの半生を描いた作品です。幼い頃から親しみ、かつ恐れた山、そして山に生ける動物全てとの関わり合いの中での彼の成長(いや、生活と言うべきか)がリアルに表現されています。ある女性との恋愛が原因で若くして故郷から追い出され銅鉱山に働き場所を求める時期もありますが、その部分は、彼らマタギの置かれた環境と時代背景を浮き彫りにしていて印象的でした。また民俗学的な側面からも興味深い作品でした。人と山、山からの恵みとしての動物、そして人と人。目立つ存在でもない職業をこれほど清々しく屹立させる物語に久しぶりに触れたような気がします。
犯罪の回送/松本清張/角川文庫 ― 2005/07/24

上京中の市長が失踪、都下で死体で発見される。また政敵も東京での不可解な行動後、海で死体となる。背景に市長が押し進める港湾整備があるらしいのだが・・・。 松本清張晩年の作品です。私は密室や時刻表を使ったトリックは苦手なのですが、氏の作品はそういったトリックがメインなのではなく(決して重要ではないってことではありません、念為)、まず「何故」が提起されているので、最後まで良い緊張を持って読むことが出来ます。「本格」や「新本格」、「社会派」などといった言葉の定義付け以前に、もっとこういった作品が読みたいというのが、私のささやかな願いです。
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