冬の別離/森詠/講談社文庫2007/09/12

バイクとか若い連中を題材にしたものよりも、犯罪者や自殺を扱った短編がいいね。 ★★★

サウスポー・キラー/水原秀策/宝島社2007/06/28

ミステリーとしてはGood。でも、ハードボイルドじゃないでしょ。セリフはインテリゲンチャの言葉遊びだし。★★★

夏の旅人/森 詠/中公文庫2006/06/11

 太平洋戦争中の1943/44/45年、三年続けてヨーロッパアルプスに登っていた日本人がいたことを、著者は資料中に発見する。名前は五代次郎。彼はなぜ、そんな時期に山に登っていたのか? 五代の日記を入手した著者の彼を追う旅が始まる。

 大正、昭和の怒濤の時代に青春を送った五代は、自らの信念に基づく行動のため、様々な困難に突き当たります。壁は父親であったり、学校や軍部、そして当時の社会です。その友人達を含む群像劇を見ているようなこの作品は、五代の視線を通じて当時の社会状況を浮き彫りにします。五代は日本のみならず、パリへ移住後、スペイン内戦に従事します。その内戦は遠いものでありましたが、間接的に日本に深く関係するものでした。これも五代の目を通して描かれています。

 この作品は入手困難ではありますが、オススメです。是非。

職業欄はエスパー/森達也/講談社文庫2006/02/22

私は超能力を始めとする「超常現象」や幽霊や祟りなどの「心霊現象」などを全く信じていません。そんなものをドキュメンタリー作家である著者がどのように著すのかに興味を持ち、この本を読んでみました。

「信じる」「信じない」の二元論を排除するというスタンスには共感を持ちました。しかし、私がいつも持っている疑問、すなわち「『超能力』があったとして、それがどうした」に対する回答として「『引力』があったとして、それがどうした、と同様の疑問である」とする著者の強引さに少々不快さを持ちました。

同じ視点でオウムを題材とした映画「A」を撮影していたとしたら、不快を通り越して恐怖ですね。

カスハガの世界/みうらじゅん/ちくま文庫2006/02/10

観光地の土産物の代表選手である絵はがき。一枚ずつ売っていることはなく、ほとんどが10枚一組。そこがポイント。その10枚の中に必ず『??』というものが含まれている。それがカスの絵はがき。略してカスハガ。製作者を思わず問いつめたくなる逸品が紹介されています。大笑いできますが、さて絵はがきとしてはどうなんだろうという疑問は野暮ってもの。触れないのが大人ってもんです。

バスルーム/松野大介/KKベストセラーズ2005/12/02

四編が収められた短編集です。いずれも恋愛小説なのだけれど、どの男もアブナイ奴ばかり。自分の欲望をストレートに出す点では正直者(いや、エゴイストか?)なのだが、近くにはいて欲しくないな。著者自身もあとがきで、センチメンタルではなくエゴイズムが発露される恋愛を書いていくと言っているので、現在もそれが踏襲されていると言っていいかな。

でもねえ、エゴイズムに貫かれた究極の恋愛って「片思い」なんだけどね…。

十万分の一の偶然/松本清張/文春文庫2005/11/24

高速道路上で起こった多重事故を偶然撮影した写真が、新聞社の主催する報道写真の大賞を取った。この事故で恋人を亡くした教師が、その偶然さに疑問を持ち、調査を始める。警察の実況検分では「原因不明」となったが、生き残った人物の「赤い火の玉を見た」との証言を元に実験を重ねた教師は、撮影者と写真賞の審査委員に近づいていく。その写真は、本当に偶然に撮影されたものなのか?

「偶然とは必然である」という有名な言葉を持ち出すまでもなく、審査委員に唆された撮影者が、事故を誘発する「仕掛け」をしていたことが、徐々に暴かれていきます。読んでいる最中から想像は出来るんですけどね。しかし、ちょっと後味が悪いかな。

近代の奈落/宮崎学/解放出版社2005/11/10

「突破者」宮崎学が被差別部落各地を歩き、話を聞いたレポートです。被差別部落といっても性格も違えば規模の大小もあり、また、部落内に別の階層が存在するのは、当然のこととは言え、気付かないものです。名称が一つであれば、存在も一種類であると思いこむのは危険ですね。それから著者が出自を著している章もあります。その点で力作だと思うのですが、ただ、解放出版社系の雑誌に連載されていたものなので、ある程度の予備知識がないと、精読は難しいかもしれません。アナ・ボル対立なんて最後まで説明がありませんでしたからね。そのへんが少し残念です。

インターネットは「僕ら」を幸せにしたか?/森健/アスペクト2005/10/11

インターネットは本当に便利だ。知りたいことがあればすぐ手に入るし、みんなとのコミュニケーションも簡単だ。しかも、それは世界に広がっている…。ちょっと待った。それは本当か? 検索エンジンの上位にあるものが「真実」なのか? コミュニケーションを取りたい「みんな」って誰よ? 世界に窓が開いているのなら、向こうからこちらも見えてるんだぜ…。

「簡単」と引き替えに「何か」を失う。「何か」とは、プライバシー、主体性、そして民主主義。インターネットは窓を大きく開いているように見えて、実はそこに集う人々は多様性に寛容ではない。また、検索エンジンの上位に来たものが、まるで真実のように一人歩きしていく。寛容さに乏しい人々は、真実(のようなもの)に収斂されていく。結局、声の大きいモノの勝ち。少数派の立ち入る隙間などどこにもない。それで良しとするなら結構。でも、便利さの裏にある危うさには気付いておこうと思う。

この本ではインターネットだけではなく、認証システムやICタグに潜む個人情報収集システムにも言及している。これを読むと、「e-Japan計画」や「ユビキタス社会」なんてのは国民のためではなく、あくまでも権力側の都合で押し進められていることが分かる。スイカ(JR東日本のアレね)に書き込まれているのは利用区間と期限だけではなく、ケータイからのだだ漏れ電波には、何が仕込まれているのやら。ETCもNシステムとデータを統合すれば、とんでもないものになる、いや、現実になっている。

やべぇよ、マジで。

犯罪の回送/松本清張/角川文庫2005/07/24

上京中の市長が失踪、都下で死体で発見される。また政敵も東京での不可解な行動後、海で死体となる。背景に市長が押し進める港湾整備があるらしいのだが・・・。 松本清張晩年の作品です。私は密室や時刻表を使ったトリックは苦手なのですが、氏の作品はそういったトリックがメインなのではなく(決して重要ではないってことではありません、念為)、まず「何故」が提起されているので、最後まで良い緊張を持って読むことが出来ます。「本格」や「新本格」、「社会派」などといった言葉の定義付け以前に、もっとこういった作品が読みたいというのが、私のささやかな願いです。