閉鎖病棟/帚木蓬生/新潮文庫 ― 2005/11/29
様々な過去を背負った人々が、精神を病んでいるという理由で入院している病院。中には、何故?と疑問を持ってしまう患者もいるが、皆明るく生きています。しかし、あることがきっかけとなり、殺人事件が起きます。犯罪者となった患者を慕う人々が懸命に弁護するラストは、素晴らしいです。
患者や医師を含めてかなり多く人物が登場しますが、著者は一人として「その他」を作りません。しかも唯一の「悪人」に対しても、最後には救いを描いています。これは、物語を紡ぐ著者の矜持なのだろうと思います。
コメント
_ 山中 ― 2006年02月24日 22時50分22秒
_ 岩田 ― 2006年02月26日 00時26分54秒
山中さん
コメントをありがとうございます。
一人一人の背景や行動を描くと言うことで、私は群像劇の印象を持ちました。緻密さが要求されることですが、著者の筆力は見事に結実していると思います。
ご存じのように著者は現役の精神科医です。フィクションとして、このような物語を紡ぐと言うことは、現実はそうではないということを暗示しているような気がしてなりません。そう思うと暗澹とした気持になります。
著者のような、そしてこの著者が描くような人物が、理念を持って現場に立つことを望んでいます。
コメントをありがとうございます。
一人一人の背景や行動を描くと言うことで、私は群像劇の印象を持ちました。緻密さが要求されることですが、著者の筆力は見事に結実していると思います。
ご存じのように著者は現役の精神科医です。フィクションとして、このような物語を紡ぐと言うことは、現実はそうではないということを暗示しているような気がしてなりません。そう思うと暗澹とした気持になります。
著者のような、そしてこの著者が描くような人物が、理念を持って現場に立つことを望んでいます。
私も、人物描写、あるいは人物の設定が素晴らしいと思いました。おっしゃるとおり、それぞれの人物に、その数だけの人生の事情、背景を用意してあるので、物語に浮ついたうそ臭さがないのだと思います。
私は人が生きていく過程というのは、植物の成長過程を似ていると思います。
椿の花はどこか傷つけば、それなりの傷を負った花弁になります。太陽が足りなければ茎を長く伸ばし、途中で曲がれば、それなりにまた伸びてゆきます。
私たち人間も、人生を歩んでいく過程で、その環境において様々の条件によって、傷を負ったり、曲がったりしながらその形なりに伸びてゆくものだと思うのです。様々な外の要因によって、たわめられながらも、そのかたちなりに成長し、時は経っていきます。
「唯一の悪人に対しても救いを描く」その場面についても、ほんの数行でしたが共感できるものでした。彼がそうなってしまった過程が、目に見えるかのようでした。
実際の、こういった類の病院は、現在どんな状態にあるのでしょうか。
老人施設などもそうですが、結局は現場で治療、介護に携わる人の人間性次第なのだ・・と思うと、どうしても受身になってしまう人々にとって、直接触れ合う人々が、どうか人間性に溢れた人でありますように、理念と温かみを持った人でありますように、と願ってやみません。
余談ですが、登場人物の中学生の女の子の抱えている事情が、本文を読み進むうちに、容易に想像できてしまう、というところに、時代の流れを感じました。