白い夏の墓標/帚木蓬生/新潮文庫2006/07/03

 パリで開かれた肝炎ウィルス国際会議に出席した佐伯は、米国陸軍微生物研究所のベルナールと名乗る老人の訪問を受ける。かつての同僚であり、アメリカに留学し、その後事故死した佐伯の親友である黒田が、実は自殺であったことを告げたベルナールの情報を元にアンドラという小国に向かう佐伯が掴んだ真相は。

 この著者の実質的なデビュー作です。単に友人の死を懐古的に探ろうとするだけでなく、自殺した背景には「大国の横暴」があるとする物語には、その後の作者の道筋が見えている気がします。デビュー作には、その作者の全てがあるとはよくいったものだと思います。

劔岳/新田次郎/文春文庫2006/07/03

 日露戦争直後、前人未踏といわれ、また決して登ってはいけない山とされていた劔岳山頂に、地図測量の基本となる三角点埋設の命令を受けた測量官、柴崎。設立間もない日本山岳会隊との競争をも視野に入れた上官達の期待を背負いながら、柴崎は、地元の反感を買いながらも山頂を目指す。

 気にはなっていたのですが、この著者の作品を初めて読みました。最後の章では本人も劔岳に登る記述があり、作品そのものが空想物語だけではないことが確認できます。題材は、私の好きな作家である吉村昭氏が取り上げそうなものですが、もちろん文体は全く違います。今後は、この著者の作品も追ってみようかと思いました。

古本綺譚/出久根達郎/中公文庫2006/07/05

古書店のご主人が描く古本を巡るあれこれ。売る方、買う方双方に様々な事情があり、本はそれらを、そして時間を飛び越え繋がっていく。どこまでがフィクションでノンフィクションなのか? 「綺譚」故の浮遊感を堪能してください。また、古本に挟まっていたモノのエピソードも秀逸です。同じことやってるなあと、少々我田引水(笑)。

被害者は誰?/貫井徳郎/講談社文庫2006/07/09

ある豪邸の庭から身元不明の白骨死体が発見された。豪邸の主が黙秘を貫く中、警察は押収した日記を元に被害者を特定しようとする。しかし全く捜査が進展しないなか、捜査一課の刑事は、頭脳明晰、容姿端麗、ベストセラー推理作家である先輩を頼る。

まあ、設定からしてあり得ないのですが(笑)、被害者が誰なのかを日記のみから探っていく過程は面白かったですね。他には「目撃者は誰?」「探偵は誰?」「名探偵は誰?」が収録されています。

受命-Calling/帚木蓬生/角川書店2006/07/13

中国の学会に参加していた日系ブラジル人医師・津村は北朝鮮の産院に研究員として招かれる。津村とブラジルで知り合った舞子は、勤務先の社長から北朝鮮への同行を求められ快諾する。舞子の親友・寛順は、亡くなった婚約者の弟が勤務先の社長から北朝鮮への密航を求められたことを知り、同行を決意する。津村は北京から、舞子は新潟から、そして寛順は中国の延吉から、それぞれ北朝鮮へ入国する。北の現実を知り、そして反体制勢力と行動を共にし始めた彼らは『三日(サミル)』という作戦に関わっていく。『三日』とは何か? 合い言葉は「彼が生きている限り、この国に未来はない」。

著者が、北朝鮮を舞台とした本を書くと聞いて大変楽しみにしていました。そしてその期待に違わず楽しめました。平壌や延吉を初めとする描写や産院を巡る北の医療の現状などもあり、また冒険小説の要素もあって、著者の本領発揮というところでしょうか。

強くオススメします。是非。

現代牧師列伝-治癒と希望の物語/新井登美子/教文館2006/07/17

一流企業の元エンジニア、バイクマニア、人気ミュージシャン、同性愛者、仏教の研究者…。彼がなぜ牧師になったのか。辿ってきた道をインタビューで明らかにする。

読後、私は一抹の安心感を得ました。

多分に先入観なのですが、牧師というイメージには「清廉潔白」「高貴」等々、私のような人間からはほど遠い存在というものがありました。そのイメージは、人々との溝を大きくするという点において、伝道を根底にする教会にとっては必ずしもメリットではないと思っていました。

しかし本書において明らかにされるのは、牧師たちも私たちと同じように感情や葛藤、懊悩を抱えて走り続ける「一人の人間」であることです。私の感じた「安心」とは、まさにその点にあります。帯に「牧師だって人間だ」とあります。その一言が本書の内容を物語っていると感じました。

邪推ですが、おそらく今後、キリスト者からの反応は大きなものになるでしょう。著者の勇気に感服します。

K・Nの悲劇/高野和明/講談社2006/07/24

 企画が当たり経済的に余裕が出たフリーライター夏樹は、予期せぬ妻の妊娠に「中絶」という答えを出す。妻は同意するものの、時が経つにつれ精神に変調を来す。夏樹と協力する精神科医は、妻の心に他人がいて、中絶を妨害していることを突き止める。妻は自己を取り戻すのか。そしてお腹の子供は。

 「憑き物」とか「多重人格」と言った簡単な話でありませんでした。あくまでも「妻の心の中」が問題であるという前提が崩れていないことに好感が持てます。また、中絶するためには妻が自己を取り戻さなくてはならないという困難さがあり、夫と精神科医は常に葛藤しているのが、物語に奥行きを与えています。結末はどうなるか。ご一読を。