ならぬ堪忍/山本周五郎/新潮文庫2006/10/25

我慢に我慢を重ねるけども、それは本当に自らの生命を掛けるほどの価値があるのか? 「堪忍」とはその人の矜持の指針であるような気がします。

町奉行日記/山本周五郎/新潮文庫2006/10/03

短編集です。映画「どら平太」の原作になったのが表題作です。

港湾の利権を食い物にしている業者たちの一掃の命を藩主から帯び、新たな町奉行に任命されたというのに一向に登城してこない「小平太」。しばらくの後、登城しないまま任を解かれたが、港湾は以前の平静さに戻っていたという物語。カッコイイですね、「小平太」(笑)。

月夜の魚/吉村昭/中公文庫2006/04/21

 表題を含む11編の短編集です。ゲイの娼婦の自宅を尋ね、半生を取材する作家が登場したり、元妻の再婚相手が元夫に面談を申し込み、「二度と会わない」と念を押されるが、その対応に反発した元夫の密かな復讐を描いたりなど、いままで私が読んだものとひと味違った雰囲気の短編が収められています。著者のまた違った面が見えて楽しいです。

不実な美女か 貞淑な醜女か/米原万里/新潮文庫2006/03/30

ロシア語同時通訳者である著者のエッセイです。いなければ始まらないはずなのに、その実体がよく分からない「同時通訳者」とはいったいどんな人たちなのか? これを読めばその一端に触れることが出来ます。

もちろん同時通訳のことばかりでなく「言葉」を扱う職業ですから、言語学や民俗学の面白さも味わうことが出来ます。

美文だが通訳者の意図が含まれているモノ(=不実な美女)、そしてガタガタだが双方の意志がすべて反映されているモノ(=貞淑な醜女)の対比がタイトルになっています。どちらが良いのかはご一読を。

裏と表/梁石日/幻冬社2006/01/24

金券ショップのウラのカラクリ。売りに来る人間、買い取る人間、回り回って金券が産み出す裏金。とても勉強になります(笑)。

しかし、この人の描く物語や世界は本当に面白いのだけど、ちょっと文章がヒドいんじゃないかと感じる。誰も指摘しないのは何故?

ロシアは今日も荒れ模様/米原万里/講談社文庫2006/01/03

ロシア語通訳者の著者だけが書ける「掟破りの」エピソードが面白いです。フィルターを通過していないロシア側為政者の肉声を捉えていますからね。もちろん職務上知り得たことをおおっぴらに書いてしまうのはマズいので、ギリギリまで隠してありますが(笑)。

小さい頃、何故か家ではロシア民謡が良く流れていました。父親の趣味だったと思います。大したことではないのですが、そんな経験があるだけでも、ロシアには、ホンの小さな親近感さえあります(んー、『ソビエト』は別なんですが)。

偉大なる田舎、EUへの嫉妬、そして完全主義とズボラさの同居。そんなカオスが、あの民謡の調べの底辺にあったのかと納得しています(そりゃ、大げさだっての)。

わたしの普段着/吉村昭/新潮社2005/12/26

吉村昭氏のエッセイ集です。氏の日常や、取材旅行先で出会った人々、そしてお酒。氏の著作に対するスタンスや、どのような考えで取材などを進めているのかが、素人である私にも伝わってきます。時に唸ったり、少し笑ってしまったり。小説とは違った雰囲気を味わってください。

彰義隊/吉村昭/朝日新聞社2005/12/06

幕末。混乱する江戸を憂い、最後の将軍慶喜の許しを請うための嘆願書を朝廷に提出した上野寛永寺山主・輪王寺宮能久親王は、その嘆願書を無視され、皇族であるにもかかわらず朝敵となってしまった。敗走する彰義隊の志士と共に北へ逃れる宮。しかも、奥羽越列藩同盟の盟主となってしまう。結局拘束され謹慎の身となるが、許されて後、新政府の元、ドイツへの留学を果たした。そして、日清戦争へと巻き込まれていく。

おこがましくも薩長嫌い、そして新撰組嫌いの私(笑)。『色にもつなら彰義隊』とその筋のお姉さん方に言わしめた程の彼らの尽力(というか格好良さ)を背景に、その江戸を愛するが故に朝敵となってしまった皇族の「逃走」を緻密に描いていて面白く読めました。本当にこの著者は「逃げる、漂流する」を描くと素晴らしいです。この著作でも、宮が拘束されてから台湾に渡る章は、なんとなくあっさりという感じでしたし(笑)。

いや、とにかく、私の薩長嫌い、彰義隊びいきに拍車がかかりそうです。

さぶ/山本周五郎/新潮文庫2005/08/28

もう、いまさらなのですが(笑)。男前で粋な「栄二」とずんぐりで不器用な「さぶ」の物語。濡れ衣を着せられ復讐心を燃やす栄二が、さぶ、そして関わりのある女性のサポートや、様々な人々と出会う中で、次第にその心を変えていきます。私はこれを青年が成長していく青春小説として読みました。ただ、濡れ衣の真相が「それでいいのか?」って疑問を持ちましたけども。余談ですが、さぶの栄二に対する感情は、まさに愛そのものであったかと。そんな点で、ゲイ雑誌「さぶ」のタイトルの出典は、この物語であったかと思います。もう一方の「薔薇族」の出典が、確か聖書だかギリシャ神話だった記憶がありますから。

震度0/横山秀夫/朝日新聞社2005/07/16

阪神大震災の起こった日、震源から遠く離れた地の某県警本部からベテランで人望のある課長が失踪します。課長は何故、そしてどこへ消えたのか。県警本部内のキャリア、ノンキャリアが、課長失踪をお互いの駆け引き、恫喝、懐柔の材料にしていきます。大震災の悲劇が明らかになっていく模様を通奏低音にしたほぼ48時間の物語は、最後まで県警本部と隣接する官舎内で展開します。これは、ある意味、密室劇と言っていいでしょう。密室だからこその衝突、そして失踪であったのです。さて課長失踪の真相は? そして、何故著者は阪神大震災の日を選んだのか。是非、読んでください。