天藤真/極楽案内/角川文庫2006/08/18

高名な画家の元に届いた殺人予告。二度、三度と重なる内に信憑性と具体性が高まった。画家の還暦祝いの当日、画家は予告通りに亡くなった。それも衆人環視の中で。<極楽案内>

表題作を含む8編が収められた短編集です。40年近く前の作品ですから古さは否めませんが、オーソドックスなミステリになっています。ただ、『真説・赤城山』のように、じだいを遡った作品も収められているので、ファンは必読かと思います。

K・Nの悲劇/高野和明/講談社2006/07/24

 企画が当たり経済的に余裕が出たフリーライター夏樹は、予期せぬ妻の妊娠に「中絶」という答えを出す。妻は同意するものの、時が経つにつれ精神に変調を来す。夏樹と協力する精神科医は、妻の心に他人がいて、中絶を妨害していることを突き止める。妻は自己を取り戻すのか。そしてお腹の子供は。

 「憑き物」とか「多重人格」と言った簡単な話でありませんでした。あくまでも「妻の心の中」が問題であるという前提が崩れていないことに好感が持てます。また、中絶するためには妻が自己を取り戻さなくてはならないという困難さがあり、夫と精神科医は常に葛藤しているのが、物語に奥行きを与えています。結末はどうなるか。ご一読を。

古本綺譚/出久根達郎/中公文庫2006/07/05

古書店のご主人が描く古本を巡るあれこれ。売る方、買う方双方に様々な事情があり、本はそれらを、そして時間を飛び越え繋がっていく。どこまでがフィクションでノンフィクションなのか? 「綺譚」故の浮遊感を堪能してください。また、古本に挟まっていたモノのエピソードも秀逸です。同じことやってるなあと、少々我田引水(笑)。

クリスマス黙示録/多島斗志之/新潮文庫2006/05/21

12月。「真珠湾」の記憶で居心地の悪い思いをさせられるアメリカの日本人達。そんな季節に、日本人留学生がアメリカ人の少年を轢き殺してしまう。少年の母親である現職警察官は留学生のカオリへの復讐を宣言し、行方をくらます。日系FBI捜査官タミは、復讐に燃える母親からカオリを守れるのか?

警察官である母親は勤務成績は優秀で、同僚からの信頼も厚い人物です。カオリはお気軽な日本人留学生。そして季節は「パール・ハーバー」。捜査官タミは、日本語を話すことが出来るもののアメリカ人です。この入り組んだ背景に足を掬われそうになりながらも職務に忠実であろうとするタミには、非常に好感が持てます。また、サスペンスに満ちた場面も用意されていて、最後まで面白く読めました。

「汚名」で初めて触れた作家ですが、今回は全く違うテイストの物語でした。次は何を読もうかな。

死の内幕/天童真/創元推理文庫2006/05/17

別れ話を切り出されカッとなり、相手を突き飛ばしたところ、打ち所が悪くて死んでしまった…。こんな告白を聞かされた友人は、内縁関係にある女性だけで作ったグループのメンバーで、架空の犯人をでっち上げる。しかし、その架空の犯人にそっくりな容姿の人物が出現して、計画は大混乱を来す。

うーん、なんだか全く頭に残らなかったです。物語の中の計画同様、大混乱でありまして…。

汚名/多島斗志之/新潮社2006/02/14

ドイツ語を叔母に教えてもらっていた高校生のわたしは、貧しく陰鬱な叔母の雰囲気に馴染めなかったが、父との約束を破るわけにいかず、従姉妹と共に通っていた。しかし叔母が通り魔に襲われ負傷したのをきっかけに足が遠のき、しばらく後、叔母は病を得て亡くなってしまう。数十年後、作家として講演を行った地で、わたしは叔母の元クラスメートに出会い、女学生だった叔母が撮影されたフィルムを見た。そこに映っていた叔母は、ドイツ語を教えていた当時と違い、初々しく、華やかで、健康であった。叔母に何が起きたのか。

「わたし」が時代を遡って叔母の過去を探っていくと、そこに立ちはだかるのは戦争、特効警察、そして大きなスパイ事件でした。読み始めたときは単なる私小説かと思いましたが、途中からキッチリとしたミステリになっており、最後には相応の結末が用意されています。

また良い作家に巡り会いました。

埋み火-Fire's Out-/日明 恩/講談社2005/12/20

前作「鎮火報」の続編ですね。老人世帯での失火火災が続き、次々に被害者が出ます。被害者は運の悪さが重なり焼死しています。しかし、主人公の消防士は火災自体に疑問を持ち、独自に調べ始めます。火事は単なる過失なのか、それとも・・・。

前作よりも文章にリズム感が出てきたような気がします。以前は、なんだか「まったり」とした印象がありました。会話も口語に近くなっていますので、かなりテンポがあります。また主人公のキャラクターも、熱いのかクールなのか分からない微妙な位置で、私には好感が持てます(笑)。消防士の成長物語りと言っても良いんじゃないかと感じました。しかし、主人公と母親の関係は気色悪いな、正直なところ。そこがもったいない。

グレイヴディッガー/高野和明/講談社2005/09/24

悪党として生きてきたが、過去と別れを告げるべくドナー登録をした元・悪党の八神の入院の日、彼の周辺で無差別大量殺人が発生します。被害者を繋ぐ点は「ドナー登録者」。殺人の濡れ衣をかけられた彼は、警察と殺人鬼、そして謎の集団から追われます。果たして彼は移植を待つ患者の元にたどり着くことができるのか?

主人公の動機が曖昧な点や、荒唐無稽な逃走方法、また殺人鬼の容姿や殺人方法などいろいろと指摘したくなるところはありますが、主人公が時々見せる「元・悪党」の片鱗や、最後までハラハラさせるところなど、私は面白く読みました。賛否両論あるようですけどね。まあ、乱歩賞を受賞した「13階段」を読んだときの「当たり感」まではいきませんが、既刊の何冊かを手に取ろうと思っています。