栄光なき凱旋(上・下)/真保裕一/小学館2006/06/04

 銀行に就職の決まった大学生のヘンリー、母からも見放され自立するしかないジロー、真珠湾攻撃に出会ってしまったハワイ在住のマット。心はアメリカ人でも日系人というだけで財産は没収され、強制収容所に押し込められる人々。三人は自らがアメリカ人であることを証明するかのように軍に志願する。彼らには「日本語」という武器があった。しかしジローは軍に入る直前、殺人事件を起こしてしまっていた。三人は戦中、そして戦後、どのような道を歩むのか。

 ハワイに攻撃を仕掛けた日本軍は日系人を捨てたことになるし、日系人部隊に過酷な命令を出し続けた米軍も彼らを捨て駒にした。どちらからも見放された日系人個人の断片を追うことは、そのまま彼らの歴史を追うことにもなります。まさに「大河ドラマ」のようでした。

 もちろん、内容は教科書的な物ではありません。戦闘シーンなどは、この著者独特の筆致で読ませます。オススメです。是非。

容疑者Xの献身/東野圭吾/文藝春秋2006/06/07

 遅ればせながら読んでみました。殺人を犯してしまった母子を精緻な計画でかばおうとする高校数学教師の動機は、私には納得できました。巷間では、その辺りに批判があったようですが。もちろん殺人事件自体のトリックについても私はOKです。

 ただ賞を獲れるだけのものだったかと問われると、諸手を挙げて賛成はできません。これが他の著者(特に新人)が著したものならばいいのですが、これだけ実績のある現在の著者であるなら物足りないような気がします。もちろん、一素人読者のワガママであることは理解していますが。

夏の旅人/森 詠/中公文庫2006/06/11

 太平洋戦争中の1943/44/45年、三年続けてヨーロッパアルプスに登っていた日本人がいたことを、著者は資料中に発見する。名前は五代次郎。彼はなぜ、そんな時期に山に登っていたのか? 五代の日記を入手した著者の彼を追う旅が始まる。

 大正、昭和の怒濤の時代に青春を送った五代は、自らの信念に基づく行動のため、様々な困難に突き当たります。壁は父親であったり、学校や軍部、そして当時の社会です。その友人達を含む群像劇を見ているようなこの作品は、五代の視線を通じて当時の社会状況を浮き彫りにします。五代は日本のみならず、パリへ移住後、スペイン内戦に従事します。その内戦は遠いものでありましたが、間接的に日本に深く関係するものでした。これも五代の目を通して描かれています。

 この作品は入手困難ではありますが、オススメです。是非。

残光/東直巳/ハルキ文庫2006/06/13

 所用で山を下りてきた「元始末屋」が、偶然テレビで昔の恋人を見つけた。テレビは人質籠城事件を中継しており、恋人の息子が巻き込まれていた。彼女と息子を救うべく現場に乗り込んだ元始末屋は、単なる人質事件ではないことに気付いていく。

 いいぞー、格好いいぞー、「元始末屋」。しかし、なぜこんな凄腕が山の中でクマを彫っているのか?

賞の柩/帚木蓬生/新潮文庫2006/06/16

 ノーベル医学・生理学賞受賞者の氏名を見た医師の津田は、ふとしたことから疑問を抱き、受賞者アーサー・ヒルを調べはじめる。すると、亡き恩師のエッセイから、受賞論文が「盗用」ではないかとの疑問にぶつかった。オリジナルの作成者をスペインに尋ねると、既にアル中になっていた。津田はヒルの「盗用」を証明できるのか?

 もちろんフィクションです。ですが、こんなことがあっても不思議でも何でもないと感じさせるところに筆者の力と、医学界へのイメージがあるのでしょう。医学関係のコトバや専門的な表現が多く出てきますが、(筆者にはもうしわけないけれど)理解できなくても、十分に楽しめます。オススメです。

そして粛清の扉を/黒武洋/新潮文庫2006/06/18

 卒業式前日、教師が生徒を人質に取り教室に籠城した。冴えなかった中年女性教師は生徒達の悪行を調べ上げていて、卓越した戦闘能力で「処分」していく。その能力は周辺を囲んだ警察をも凌駕し、刻一刻と教師が決めたリミットが近付いてくる。彼女の動機は? 目的は?

 最後の数ページまで物語は転々とし、驚かされます。そういった意味では優れたエンタテイメントです。

 この小説にカタルシスを感じることは自由です。ですが、そのカタルシスの源をあなたの心の中に探る作業は必要でしょう。

 そういった意味で強くオススメします。読んだ方の感想を聞きたいものです。

鷲と虎/佐々木譲/角川文庫2006/06/25

 1937年。日中両国は全面的な戦闘に突入した。帝国海軍パイロット麻生哲郎は中国に向かい、アメリカ人パイロットのデニス・ワイルドは中国義勇航空隊として中国の空を飛ぶ。やがて二人はお互いの名前を知り、一対一の航空戦を展開する。

 この著者の描く飛行機は、なぜこれほど格好良いのでしょう。近代航空戦の端緒で、匿名の戦闘でもあったこの時期、お互いに名乗り合った上で一戦を交える。それはサムライとガンマンが対峙するような緊張感に包まれています。

 ただこの部分だけを挙げると単なる戦争物語ですが、冒頭の数ページが全体にある種の「湿度」を与えています。こういうのが大好きな私は、もうそれだけでOKです。『ベルリン飛行指令』と同じように一気に読んでしまいました。オススメです。